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マブラヴ3.5章、最終話を更新

3.5章の最後のお話を更新―――長かったです。

残るは短めのエピローグのみ。

それでは、バカな野郎どもの語り合いを御覧ください。




 最終話 : 逆撃 ~ Strike Back ~










暖炉の火による不安定な照明。それに照らされた者達は、2つの側に分かれて向かい合っていた。共通している点と言えば、どちらも廃屋には似合わない、衛士の強化装備を纏っていること。そして、銀色の特徴的な髪を持つ少女が居るということ。

前面に立っているのは二人――――ユウヤ・ブリッジスと、白銀武。
片や、いつどんな動きをされても対処してやるという膝立ちの姿勢。
片や、あぐらをかいて足を組んで、ここが今の俺の場所だと言わんばかりの姿勢。

ぱちぱち、ごうごうと。木が焼かれて裂かれる音と、雪と風が荒れ狂う調べだけが支配する空間で、先に口を開いたのはユウヤの方だった。

「それで………白銀武。お前はここに何をしに来たんだ? ちょっとした旅行か?」

「目的のある旅だって。困難もあるけど、辿りつけた………で、主な用はこれだな」

武は答えると同時に、小さなケースを差し出した。ユウヤはその中身を察しつつも、恐る恐る問いかけた。

「さっきも見たが………これは、何だ? この情勢下、こんな僻地にまで届ける価値があるものなのか」

「あるさ。少なくとも今ここに居る全員にとっては、宝石より価値があるものだ」

ぱかりとケースを開けた武は、中に入っている注射器とカプセルと液体を見せながら、淀むことなく説明した。

「この薬は、そっちのお二人さんを束縛するクソッタレな仕掛けをぶち壊す鍵だ………色々とめんどうくさい名前を置いて説明すると、指向性蛋白ってやつらしい」

「………っ!」

武の言葉を聞いたユウヤは思わず飛びかかりそうになった。信じていない神に祈ってでも欲しかったものだ。推測はできていたが、無反応で抑えられるものではない。

「それが本物だっていう証拠はあるのか? お前たち第四計画が、クリスカ達を、アメリカに引き渡さないための―――」

「ユウヤ!」

「………イーニァ。悪いが、これだけは確認しなきゃいけないんだよ。それで、お前たちがクリスカ達を害するつもりはない証拠は―――」

ユウヤは震える声で辿々しく問いかけようとするが、途中で武の言葉に遮られた。

「違え。ユウヤの心配はもっともだけどな。でも………“それ”が目的なら、俺が此処に居る意味はないだろ」

武はため息をつきながら持っていた拳銃を取り出した。流れるような動作は一瞬のもので、咄嗟に反応できなかったユウヤは硬直し。だが、向けられているのが銃口ではなくグリップの方だと気づくと、訝しみながら問いかけた。

「………どういう、つもりだ?」

「こんなのが信頼の証になるってんなら、持ってけ。薬を投与している間、その銃口をこっちに向けてくれていい」

迷いなく告げると、武は真剣な表情で言葉を重ねた。

「細胞の崩壊は今も進行してるんだ。リカバリーは早い方が良い………遅れると、寿命までガリガリ削られちまうから」

「………それは」

押し黙るユウヤだが、その横に居るクリスカは苦しそうにしながらも武を睨みつけた。

「事実ではあるかもしれない。だが、“そう”思わせる策ではないという証拠がない………そもそも、どうやって此処まで辿り着いた」

弐型はステルス、今は厳戒態勢。その中で米ソと国連を出し抜いて、どうやってここまでやって来たのか。武は最もな疑問だと頷き、答えた。

「機体は大東亜連合製のステルス機。目視による発見が怖かったけど、それは霞のお陰でな。ここの場所が分かったのも霞のお陰と………」

武は霞の頭をぽんと叩き、小屋の壁に立てかけられている刀を見た。

「そっちの説明は後でな。まあ、そういう訳だ」

「………カスミ、ね。イーニァ、知ってるか?」

「ううん、その名前は知らない。でも、わかるんだ………あなた、トリースタだよね?」
「そうですが、違います。今の私は、社霞です」

トリースタ・シェスチナだとは頷かない。自分で声にも出さない。武はそんな霞の頭をぽんと叩きながら言った。

「そうだな。社霞だ。それで、まあ、そういう訳だけど」

「いや、そういう訳で済む訳ないだろう。技術後進国である大東亜連合がアクティヴ・ステルスを持っている筈が………いや、E-04は確かに高性能な機体だったが………」

「そこら辺も後でな。でも、俺達が此処まで来れたのが証拠にならないか?」

「………確証にはならない。だが、一理はある」

ユウヤと一緒に、クリスカも頷いた。レーダーから逃れる方法と生体探知ができる能力。どちらが欠けても、ここまで来るのは難しい筈だ。あり得ないという思いも燻っているが、何とか自制したユウヤは無言のまま武の視線を受け止め、見返した。

そして隣に居る銀色の少女を見た。いつも微笑を携えているイメージがあるイーニァとは異なり、感情が無いと思わせるような無表情を保っている。だが、時折ちらりと横に逸れる視線には、武を心配する感情が含まれているように思えた。

「ユウヤ………」

自分の名前を呼ぶ声さえ、小さい。ユウヤは眼を少し閉じた後、溜めていた息を吐いた。
「………そう、だな。殺すつもりなら、あのテロの時にやってるか」

ユウヤは武が差し出したケースを受け取る。そして使い方を聞くと、クリスカに向けて頷いた。

「悪い、クリスカ、イーニァ」

「いや………ユウヤが信じると決めたんだ」

「うん。わたしも、タケルが嘘をついてないっておもう。それに、よみとったほうがはやいのに………そうしろっていわない」

イーニァの言葉に、クリスカの肩が跳ねた。テロの時に抱いた恐怖によるもので、それを察した武がぼりぼりと頭をかいた。

「それだけは止めてくれ。俺の記憶は滅茶苦茶にごちゃごちゃしててな。前にだけど、俺の頭を覗いた奴が居たんだが………」

「どうなった?」

「一人は自分の頭に向けて引き金を引いた。もう一人は………」

武は言葉を濁すだけで、最後まで言わなかった。ユウヤはその様子から、言い難いことだと察するとその内心を汲み、イーニァの方を見た。

「しかし、イーニァ。どうして読み取れって言わない方が信用できる………いや、そうか」

「うん。ひとのこころをよみとるのって、つらいの。たけるはそれをしってるから、こうしてことばでつたえようとしてくれるの。ほんとうは、トリースタ………かすみにだって、こんなことさせたくないはずなの。そうだよね、カスミ?」

「はい。私が此処に居るのは、私が武さんに我儘を言ったからです………」

だから、とイーニァ、クリスカ、ユウヤに向けて霞は視線で告げた。“この人を信用して下さい”、と。それは根拠もない感情だけによる行動であり、重要な局面においては到底相応しくない訴えだったが、それに頷いた者が居た。

「カスミは………嘘をついては、いない。そうよね、イーニァ」

「うん!」

頷き合う二人。ユウヤは二人と共に頷くと、急いで薬を取り出した。クリスカに指向性蛋白を投与し、イーニァに薬を飲ませる。

「………どうだ?」

「ああ………痛みが、軽くなっていく、ような………」

「クリスカ?!」

倒れこみそうになるクリスカを見たユウヤは、慌てて抱きとめる。もしかして、という疑念を抱くも、やがて落ち着いた様子で呼吸を繰り返す姿を見ると、安堵の溜息をついた。
「眠ったようだな………これは、薬の副作用か?」

「違う。かなり疲れていたんだろうな。あとは、痛みが和らいだせいか」

「………そう、だな」

絶え間なく続く痛みは著しく精神を衰弱させる。それでなくても、クリスカは模擬戦が終わってから緊張の連続だったのだ。安心できると判断して、休めるに足ると判断した身体が正直に反応したのだろう。ユウヤは安らかに眠るクリスカの鼓動を感じながらも、顔を引き締めて武の方を見た。

「まずは………礼を。お前が居なかったら、クリスカを失う所だった」

「要らねえって。でも、そうだな………礼を聞く代わりと言っちゃなんだけど」

改めて座り直す武。ユウヤも頷き、武と同じくあぐらをかいて座った。ぱちり、と暖炉からより一層大きな音が響く。同時に、照らされた二人の影が僅かに揺れた。思えば、このような僻地であり極寒の地での再会である。互いに奇妙な現状を認識している間、少しの沈黙が場に流れた。

そうして、場は整ったとばかりに、“再開”の言葉が告げられた。

「―――話しあおうぜ、ユウヤ・ブリッジス。主題は“この星の未来について”………って所になるか」

「分かっ………なに?」

予想外の言葉に、ユウヤが硬直する。だが、それに構わず武は続けた。


「単刀直入に言う。俺と一緒に横浜基地に来て欲しい。夕呼先生が進めている第四計画を成功させるために」

「………理由が、あるんだろうな」

「ああ。だが、主題と目的を最初に伝えておいた方がわかりやすいからな」

結論を先に告げた方が、意図が伝わりやすくなり、誤解も少なくなる。そう判断しての言葉だが、ユウヤは素直に頷けなかった。ユウヤとしても、オルタネイティヴ計画や今回の一連の事件に関して、情報が不足している所や、聞きたい事などが山ほどあるのだ。

判断材料が不足している中で要求だけを突きつけられて、はいそうですかと首を縦に振れる筈もない。そう訴えるユウヤに、武は最もだと頷きを返した。

その後は、情報のすり合わせだ。ユウヤはサンダーク達の計画や第四計画、米国の意図。そして事件の裏でハイネマン達が動いた事に関して自分が把握している所を端的に説明していった。武は頷きながら、概ねの所は間違っていないと答えた。

「それじゃあ、やっぱり米国は俺を嵌めたのか?」

「まるっきりって訳でもないけど、ウェラーが告げたような明るい未来は訪れなかったと思う」

「それは………俺が、日系人だからか」

「それもあるけど、もう一つ要因がある。ユウヤの母親とハイネマンのせいだな」

「お袋だけじゃない、って………どういう意味だ?」

「ある程度の予想はつけてると思うけど、ミラ・ブリッジスはかなり優秀な戦術機開発者だ。当時は画期的だと言われたF-14の主な構造を考えたのは、彼女だったらしい。だけど、その技術はソ連に流れてしまった………かなりヤバいレベルでの機密漏洩だ。その上で、日本人との間に生まれた子供までいる」

「………蛙の子は蛙。そう思われてるってことか」

「DIAやCIAあたりはそう判断してると思う。合衆国のためならどんな汚れ仕事も厭わない奴らだしな」

「そうか………しかし、お袋がF-14を………Su-37やSu-47の、ある意味生みの親だったなんてな。どんな皮肉だよ」

機体を子供と例えると、まさしく子供同士の殺し合いだった訳だ。ユウヤは改めてデタラメな状況に、苦笑を吐きつつも次の疑問を口にした。

「それじゃあ、ハイネマンが俺を推薦したのも?」

「ああ。俺の親父から聞いたんだけど、“ミラだけが唯一僕についてこれた”って言ってたらしい。親父も頷いてたな。ハイネマンはユウヤの実の所の能力と、血筋を買って推薦した………ってことだけじゃないけど、まあ」

「待て。色々と聞きたい事ができた」

さらりと出てきた、俺の親父という発言。ユウヤは少し黙りこむと、恐る恐ると尋ねた。
「お前が………俺の腹違いの弟、ってことはないよな?」

「いや、それは無い………ってなんでそんな嫌そうな顔してんだよ」

「何でもなにも、さっきの行動とか見てたら………」

奇天烈な言動などを思い返したユウヤは、言葉を濁した。武は腑に落ちねえと愚痴りつつも、話を続けた。

「ユウヤの父親は別に居るって。まあ、親父とミラさんが知り合いだったってのは間違いじゃないけどな。俺の親父………白銀影行が曙計画に参加した時、その技術教導役に任命されたのがフランク・ハイネマンとミラ・ブリッジスだった、ってことだけだから」

「そう、か。でも、技術者としてのお袋の姿が想像できないんだが………」

「親父曰く、“嫉妬するのもバカらしいぐらいに才能に溢れてた”ってよ。あとは世間知らずのお嬢様とか、こうと決めたら譲らない頑固者だったとか」

「頑固だってのは同意するぜ。でも、世間知らずのお嬢様って………いや、あの祖父さんと家族ならな」

「迷惑もかけちまった、って言ってたぜ。なんでも女性関係のトラブルに巻き込んじまった、とか」

「いや、何やってんだよ影行って人………って、お前の親父か」

ユウヤは呆れながらも、武を見た後に深く頷いた。同じく、隣に居る霞も頷いていた。
武はまたしても腑に落ちねえという顔をしたまま、説明を続けた。

「弐型のフェイズ3に関してもな。ハイネマンに仕組んでもらった。目的は、ユウヤ達3人を無事に日本まで逃すためだ。まあ、主な目的はそっちの二人だけど」

「………それは、どういう意味でだ?」

「第四計画の肝になる装置。あとは、米国が産んだ失敗兵器を活用するために」

今は後半の方しか説明できないが、と武はHI-MAERF計画が生み出した戦略級の航空機動要塞の話をした。その問題点も含めて。

「不足しているのは演算能力。それを補うには、夕呼先生が完成させたある装置と、第六世代のESP能力者が二人必要になる」

「………つまりは、兵器活用のために二人を利用したいってのか」

それは頷けねえ、とユウヤは武を睨みつけた。

「都合の良い話だって言われるかもしれねえけどよ。第四計画を完遂させる必要はあるのか? 国の立場とか面子とか、そういった方面での利益を除いた話でだ」

全てではなくても、G弾でハイヴを一掃できるのならば。雲霞の如くBETAがひしめき合う異形の要塞を攻略するには、兵士たちの膨大な血肉を捧げる必要がある。環境汚染という問題もあるが、人命を考えればどうなのか。ユウヤの訴えは最もなもので、武もそうだよなと頷いた。

「効率的な事だけを考えれば、第五計画も悪くないかもしれない―――1つの致命的な欠陥を除いたら、の話だけど」

武は強く拳を握りしめながら、ユウヤの眼光を受け止め、そして返した。

「俺もリスクを計算できないバカじゃない。衛士としての能力に関して、自覚もある。感情的には助けに来たかったけど、それが許されない立場だっていう自覚はあるんだ。だけど、今回の行動をバックアップしてくれたのは国であり、夕呼先生だ。それがどういう意味があるのか、分かるか?」

畳み掛けるような言葉。ユウヤはその視線を見て、武の行動に対する認識を改めた。今此処にいるのは、どうしても必要であるからと。国連その他に発覚すれば致命的な立場に追い込まれるという大きなリスクを抱えながらも、実行されたのだと。

そして、悟った。目の前の男が内面に抱える、途方もない重さと焦りを。

「………欠陥か。その言い方だと、環境汚染なんて比じゃない何かがあるようだな」

「ああ。端的に言うと、世界が滅びる」

「………どういう、意味だ?」

「文字通りだ。ユーラシア大陸にあるハイヴをG弾で一掃する作戦。通称を、バビロン作戦。その後に、人類のほとんどを殺す自然の牙が―――」

「―――」

証拠は、と問いかけようとしたユウヤは、言葉を発することができなくなった。声帯はある。言葉も覚えている。だが、まるで“空気が無くなった”かのように、息を吸い込むことができなくなったのだ。

同時に、マーティカと戦っていた時のような流入が始まる。

眼前に映ったのは地獄の光景だ。場所を見るに、合衆国のどこかの基地らしい。確証が取れないのは、それが基地としての形を成していないから。

まるで陸に上げられた魚のように―――宇宙に放り込まれた人間のように。人だけではない、空を飛んでいた鳥までもが地面に落ちて、酸素を求めるために全身で藻掻いている。遠くでは戦術機が墜落したのか、黒煙と炎が見えた。それもつかの間に、やがては地獄の苦しみの中で意識が薄れ、命までもが――――と、そこまで見た後に、ユウヤはようやく息を吐き出した。

長く水中に潜った後のように、呼吸を乱れさせながら、全身を上下して酸素を求める。ちらりと横に見えたイーニァも同様だ。恐らくは思考を読んだのだろう。ユウヤは何が起きたのか、と考える余裕もなく身体を落ち着かせることに専念し、数分をかけてようやく通常の状態に戻ると、武を睨みつけた。

「………今のは」

「俺の時はバカ高い津波が見えたぜ。それが、未曾有の人災―――バビロン災害が起きた時の光景だ。日本は大津波に呑まれ、アメリカは大気の大規模変動により滅びちまう」

生き残ったのは僅かに一部。それも同じく滅びていなかったBETAと、生存圏を求めて戦い合う人間との三つ巴の戦いが始まる。そう説明した武だが、ユウヤはちょっと待てと説明を求めた。

「なんで未来の光景が見えるんだ? それも、こんなに鮮明に、まるで自分の身に起こったかのように………いや、待てよ」

ユウヤは未来予知、という単語からイーニァとクリスカを見た。最近になって聞いた単語だ。武は、少し違うけど、と前置いて説明した。

「フェインベルク現象もな。全てが同じじゃないけど、似たような原理から生まれた現象らしい。その原因は一つ。五次元効果爆弾―――G弾によるものだ。BETA由来物質を活用した、重力までも捻じ曲げる力。そのせいで、世界のあちこちにガタが来ちまってる」

「………G弾の一斉爆破。それでガタガタになっちまった世界で死にそうになってる俺から、今の俺に記憶とかが流入してるってのか?」

それが本当なら、もっと世界中で騒動が起きている筈だ。訝しむユウヤに、武は説明が難しいんだがと頭をかいた。

「俺のせいでもある。っと、経歴に関しては聞いたんだよな?」

「ああ………ウェラーが口を濁してたけどな。ていうか、どこまでが冗談なんだ?」

「ボパール・ハイヴ攻略作戦前に見た朝焼けは綺麗だった………って所だな」

「そっからかよ!」

ユウヤは思わずツッコミを入れた。亜大陸撤退戦以前に参加しているとなれば、話半分ではない、ウェラーから伝えられた内容が真実だったという事になる。

同時に、ふと顔を上げた。

「まあ、そうだよな。普通に考えてくれよ? ―――10歳ぐらいのガキが数ヶ月訓練を受けただけで、戦術機に乗ってBETAと戦えるようになるか?」

「それは………あり得ないな。でも流入してくる記憶、経験があれば………」

「そもそもそんな記憶が入ってこなかったらな。ガキの俺が、あの当時のインドに行こうなんて思わねえって。いくら親父が居たとしても」

「………辻褄は合うな。そういえば、G弾の爆発に巻き込まれても死ななかったって聞いたが」

「それも一因だ。頭の中を覗いて欲しくないってのもな。どうにも俺はイレギュラーな存在らしいから。それに………長く、近くに居るとな。大小はあるけど、近くに居る誰かに何らかの影響を与えてしまう事がある、ってよ」

辛そうな表情での言葉。そこでユウヤは、思いついたように顔を上げた。

「元クラッカー中隊………そういや、リーサ・イアリ・シフは」

「夕呼先生曰く、特にその影響が強いらしい。俺も正直な所はよく分かってないんだけどな。でもタンガイルからこっち、戦ってきた時のことを思い出すと妙に納得できちまう」
部隊の統括を取っていたのは隊長と副隊長だが、両者ともにリーサの意見を反映していた事が多かった。武は当時の事を語りながら、だからこそ俺達は最後まで生き残れたのかもしれないと言った。

一方でユウヤは武の話を聞きながらも、それどころではなかった。荒唐無稽ながらも、説明がついてしまう過去から現在までの出来事。デタラメだと笑うには、妙に符合が合いすぎている。

「………一つ、聞きたい。さっき、お前はこの近くに居たのか?」

「ん? ああ、居た。ていうかこっちに向かってきてる唯依の牽制してた」

「近くには居たんだな………あと、戦闘の途中なんだが、妙な光景が俺の中に流れ込んで来たんだ。その中には、白衣を来た紫がかった髪を持つ女が居たんだが」

「え、マジで? それ、多分だけど香月夕呼―――夕呼先生だ。第四計画の中核になる因果律量子論の論文を書いた、超がつく天才だ」

「………そう、か」

ユウヤは頭を抱え込んだ。流入の話にも、一応の説明がついてしまったのだ。それも社霞の視点ではあり得ない、自分の視点での光景である。プロジェクションでも不可能だろう。

同時にユウヤは、背筋が凍るような感覚に襲われていた。武の話が全て真実なら、世界は今正に存亡の危機に見舞われているということになる。G弾であれば犠牲の数がどうとか、各国が本気を出せばBETAなんて、というレベルではない。

そうとは気づかない内に自らの蟀谷に44口径のマグナムを突きつけているようなものだ。引かれればテロの時とは比べ物にならない数の死者が出る。それどころか、地球そのものが危ういのだ。

焦っているのは、その危機をどうにかしようと動き回っているからに違いない。ユウヤは全ての欠片が嵌っていくような想いを抱いていた。

それでも、嘘だと断じる材料はある。だがそれ以上に、武が見せた戦術機動がユウヤの脳裏に焼き付いていた。

常軌を逸するあの動き。サンダークが外道に走った上で生み出したクリスカ達を相手にしてなお圧倒する戦闘力は、才能がどうという問題ではない。分析力に優れるユウヤは判明している様々な材料をした上で、冷静に決断を下した。

故に、答えは一つしかなかった。それでもクリスカ達を危険に晒したくないと思ったユウヤは、問いを重ねた。

「第四計画は進行中だと聞いた。第五に移るにも、時間があると思うんだが」

「無いんだよなあ、それが。タイムリミットはあと二ヶ月。それまでに成果が得られなかったら、第四計画は中止になる。そうなる前に、佐渡ヶ島のハイヴを攻略する。これが当面の目標だ」

「二ヶ月、か………それでもXG-70を使わなければ勝てない………って訳でもないのか?」

「あー、っと………佐渡ヶ島のハイヴだけだったら、一応勝算はある。その代わりに大勢の人が死ぬけどな。でもXG-70を有効活用できれば、1/100の戦力でハイヴ攻略が可能になるんだ」

そして、と武は言う。

「佐渡はあくまで前座。主な目的はオリジナルハイヴだ。第四計画の成果で、BETAの指揮系統は把握出来ているんだが………カシュガルに居る“あ号標的”を近い内に潰さなけりゃ、人類はジリ貧になる可能性が高い。そして、そこまで辿り着くにはXG-70は絶対に必要になる」

「だから………クリスカ達の力が必要になる、か。全てが終わった後、口封じに消されないっていう証拠は?」

「無いけど、言える事はある。夕呼先生は超がつく程に合理的な人だ。使える戦力を保身のためだけに無駄に潰すなんて事はしない。そういうのは、あの人が最も嫌う行為だからな。あと、本人は絶対に認めないけど、かなり義理堅い。要求通りに働いた相手なら、相応の見返りをもって応えてくれる」

他人に見せる意味もあるんだろうけど。そう告げる武に、ユウヤは大きなため息をついた。

「お前は………俺やクリスカ達に、“英雄になれ”とは言わないんだな」

「いや、それはあくまで結果論だろ。そんな建前とかキレイ事を前面に出した提案なんて、呑まれる方が困るって。戦った後にそうなってるのかもしれないけど」

「つまりは………共闘するにしても、こっちにもその利益がある。捨てられないためには、その価値を示さなければならない。互いに目的があるからこそ、利用しあおうってのか」

第四計画の都合に協力することで、クリスカ達の延命も可能になる。一方的に与えるのではなく、共闘していく中でそれぞれが欲しがっている利益を分配しようという考えだ。しくじった時のリスクは高い。ユウヤはそれを聞きながら、イーニァの方を見た。

「悪い。イーニァ。俺よりもお前たちの負担が大きくなるんだが………」

「ううん。わかってるよ、ユウヤ。それに………ほかにいくところもないんだよね」

「そうだな………おい、分かってるとは思うが」

「言われずとも。まずは二人の体調を万全に、だろ? それだけは俺の全部をかけて保証する。夕呼先生に交渉できる材料は持ってるからな」

「………助かる」

「それは協力を得られたって返答でいいのか?」

「ああ。色々と見過ごせない材料を思うと、な」

ユウヤはユーコンやカムチャツカで見た武や元クラッカー中隊の言動を思い返すと、ここで逃げるという選択肢は選べなかった。冗談や嘘にしては時間と手間がかかりすぎている。そして本当である場合、クリスカ達の故郷まで巻き込まれてしまう。

本来の目的とも合致するとなれば、協力しないという選択こそあり得ない。ユウヤは複雑な心境に頭と心を痛めながらも、寝息を立てているクリスカを見ると覚悟を決めた。

武はユウヤの様子を察し、眼の奥に映ったものを見ると、苦笑した。ユウヤはそれに応えず、言葉だけを返した。

「………あくまで協力するだけだ。馴れ合うことはしない。命運の全てを預ける訳でもない。それでいいんだな?」

「いや、それでこそだって。こっちこそ、馴れ合われても困る。欲しいのは俺が死んだ直後であっても、自分の目的のために戦ってくれる貴重な人材だしな。俺に開かせる程度の情報なら、大幅に融通するぜ?」

「それを活用してでも戦ってくれる相手を、ってか? 言ってくれるぜ」

「嘘じゃねえよ。そういう人間の方が最後に生き残るもんだしな」

「言ってろ………説得力があり過ぎやがるぜ」



そうして、しばらく。ユウヤは武から日本に脱出するルートと予定を聞き終えた後、ひとまず休憩していた。やがて、クリスカが眼を覚ました時だった。

「そういや………色々と聞きたい事があるんだが。多少は情報を聞かせてくれるって話だったよな?」

「ああ。機密過ぎる話は………って結構深い所まで話したからな。大抵の疑問には応えられると思うぜ」

「そうか………聞きたいのは4つ。ステルスをどうやって開発したのか。あとは俺達の位置が分かった理由と、ハイネマンの協力が得られたのと………俺の父親の話だ」

「………いきなり立て続けに来やがったな」

「ああ。今までの話を思い出したんだが、お前は俺に関することも全部把握しているんだと思ってな。それに頼りになる人脈は活用してこそ、って言うだろ?」

「よく言うぜ………と言いたいけど、調度良かった。どの道説明するつもりだったしな」

全て繋がる話だし、と武はユウヤが持っている日本刀を指差しだ。

「位置が分かったのは簡単だ。その日本刀に隠されている発信機の信号を追ったから。苦労はしなかったぜ」

「な………これに? まさか、予め予想していた唯依が仕掛け………いや、違うか」

「そうだ。で、普通の日本刀ならそんなモンは付けないんだけど、それなら話は別だ。なんせ、篁家の当主の証なんだから」

「………は?」

「緋焔白霊。篁家の当主が代々受け継いて来た名刀だ。それは帝国斯衛軍のある一定の機体だけが探知できる、特殊な信号を発し続けてる」

「………嘘、だろ。そんな大事なモンだったのかよ」

それが本当だと言うのなら、奪われた唯依の立場は。ユウヤは恐る恐る視線を訴えると、武は引きつった笑いで答えた。

「それはもう酷い事になるだろうな。次期当主って話は白紙に。それどころか、篁家の存続さえも………」

「いや………本当、なのか?」

ユウヤは冗談だと想いたかったが、タリサ達がステルス状態にある弐型の位置を迷いなく探し当てた事を思い出すと、冷や汗を書いた。思っていた以上に、唯依を追い詰めてしまう結果になる。真っ青になっていくユウヤに、武は告げた。

「それでも………唯依は後悔しなかったと思うぜ」

「いや、そんな訳ねえだろ! くそっ、どうにかして返さねえと………って」

ユウヤは焦りつつも武の言葉を改めて吟味し、疑問を抱いた。どうして自分に当主の証である刀を渡して後悔しないのか、その理屈が分からないと。

武は言い難そうに、用意していた紙とペンを取り出した。

「時にだけど、ユウヤ………お前自分の名前の由来っていうか、ユウヤって名前を漢字でどう書くか知ってるか?」

「いや、聞いたことはないが………って、それが?」

武は紙に縦書で記した“祐弥”という文字を指差し、説明した。

「簡単に言うと、あまねくを助く――――多くの人を助けられるようになって欲しい、っていう願いがこめられていたらしい」

「………お袋が、そんな事を」

「ああ。それで、だ。唯依っていう文字はこう書くんだよな」

武は祐也の名前の右側に、“唯依”という文字を書いた。

「へえ、そう書くのか………意味は?」

「“唯”は唯一とか、それだけで立つとか、他の意見に従うって意味とかある。“依”は頼りにするとか、依存するとか………まあ色々な意味があるけど、総じて言うなら“自らに寄って立つ”って意味だと思う。武家の当主らしい名前だな」

「へえ………」

そういった意味があるのか、と頷くユウヤ。武はそれを見ながら、慎重に“祐”の文字の左側に新たな漢字を付け足した。

―――“篁”という漢字を。

「それは………なんて読むんだ?」

「“タカムラ”。唯依の姓だな。家名とも言う」

「へえ………ややこしい形だな」

「ああ………それで、だな」

武はそこで、横方向に一つの線を引いた。その線の上に並んだ文字はみっつ。

“篁”、“祐”、“唯”。ユウヤは少し訝しく思いながらも、武を見て。武は、言い難そうにしながらも、これで一人の名前になるんだ、と前置いて告げた。

「篁祐唯………これで、タカムラ・マサタダって読めちまうんだよな」

「―――――――――――え?」

ユウヤは間の抜けた声を出した。その名前は、唯依や元クラッカー中隊の面々から聞いた事があるからだ。74式長刀を含めた上で戦術機のバランスを整えたという、天才的な日本人戦術機開発者の名前であり、唯依の父親。

どういう意味だ、と。ユウヤは言いそうになって、口を手で抑えた。

―――自分の名前。

―――仮であり一時でも預けられたという、当主の証。

―――戦術機開発と、曙計画と、白銀影行という男の過去。

そして先ほど自分で言った疑問の3つめ。ユウヤは早鐘を打つ心臓を片手で抑え。緊張のあまり滲みでた口内の生唾を飲みながら、尋ねた。

「つまり、俺の父親は――――」

「―――篁祐唯。曙計画でハイネマンとミラ・ブリッジスが担当していた班………俺の親父が所属していた班の班長であり、唯依の実の父親になる」

「………っ!」

ユウヤはいきなり過ぎる真実を前に、何もかもを忘れて叫びたくなったが、拳を強く握りしめる事で耐えた。父親が生きている。しかも、天才と呼ばれた戦術機開発者。唯依の父親で。つまりは、唯依は、腹違いの妹という事になる。思わずと、否定できる材料を探した。だが、それを裏付ける材料しか出てこない。

しばらくは吹雪く音だけが小屋の中に響き。ユウヤは俯いたまま、震える声で尋ねた。

「唯依は………唯依は、その事を知っていたのか」

「最初は知らなかった。知ったのは狙撃された後、フェイズ3を換装する時だな。ハイネマンから聞かされたらしい」

「………っ、なんでハイネマンから聞くんだよ!」

「それは………篁祐唯は、ユウヤの事を知らないからだ。知っているのは斯衛や城内省でも一部の人間と、ミラさんの上司だったハイネマン。あとは当時の計画で同じ班だった巌谷栄二と白銀影行だけが、それとなく事情を察していた」

つまりは、本人は伝えられていないのだ。ユウヤは自分の推測が正しい事を知ったが、素直に喜べるものでもないと舌打ちをした。行き場のない感情を押し込めるように、更に強く拳を握りしめた。

武はそんなユウヤの様子を見ながらも、父・影行から聞かされた当時の話をユウヤに伝えた。曙計画で参加していた者達が得られたもの。時間。そして、最後に至る全てを。

一時に全てを聞かされて、即座に飲み込めるような話ではない。それでもユウヤは、“篁祐唯はミラの無事を想い、国際問題になりかねないレベルまで探索を続けた”という話を聞くと、乱れた内心に幾分かの落着点を見いだせた。

そして、隣に居るクリスカが小さく呟いた。

「複雑な話だが………分かることはある。ユウヤは、その祐唯という父君に似ているのだな」

「っ、どういう意味だ?」

「開発における才能もそうだが………誰かのために、立場といったものを顧みずに行動できる。おおよそは公的な立場を持つ者として相応しくないものでも。それが良いものか、悪いものかは分からないが………ユウヤの母君の気持ちは分かるんだ」

「なに、を………いや、そうか」

「ああ。ユウヤが常識人だったら、私は今頃あの施設の中で苦しみながら死んでいたから………だから」

「―――クリスカ」

ユウヤはクリスカの方を見ると、その手をぎゅっと握りしめた。クリスカは驚きつつも、その手を握り返した。

「………悪い。全部じゃないけど、多少は落ち着けたよ。それに………そうか。唯依が俺の妹、か………お前は最初から知ってたんだよな?」

「そりゃあもう。似たもの同士の兄妹喧嘩にハラハラドキドキしてたぜ。あとは、まかり間違ってユウヤと唯依の二人がデキちまったら、色々と問題が発生するしな。国際的にも倫理的にも」

「ああ………ていうか、カムチャツカでお前が戻ってきたのも」

「身内に対して情報漏洩をしないかー、ってな。危惧した関係各所から監視役を派遣する事になったんだ。で、色々な貸しと脅しを駆使して俺を選ばせたってこと」

「そんなに前から動いてたのか………色々と裏事情も見えたつもりだったけど、そんな背景があったとか………想像もつかねえよ」

「それでも、全部が悪いって事はないだろ? それに、唯依だぜ? あんなに可愛い妹がいるとか、逆に羨ましがられるって」

「ああ………まあ、出来過ぎる妹で兄貴の立場も無いけどな。お前には兄妹とか居ないのか?」

「妹のような幼馴染は居るけどな。肉親は親父とお袋の二人だけ。それも隠し子的な扱いだったから」

「そういえば、“風守”って家の当主代理を務めてたんだよな」

「一応だけどな。お袋が風守家の養子だったから、そのおまけみたいなもんだ」

そうして重たい話を挟みつつも、武はふと話題を変えた。

「あとは、事後処理の話だな。このまま弐型を日本に持ち帰ることは可能だ」

「………どういう事だ? いや、ここまで育てた機体が無駄に潰されるよりかは嬉しいんだが」

欲を言えば改修案に関しても。内心で呟いたユウヤに、武は複数ある写真を手渡した。そこには、ある施設を襲うF-22が映っている。

「これをソ連に渡して、アメリカに対する責任を追求する。で、ソ連側にはこれを渡す」
「これは………狙撃用のライフル?」

「唯依を撃った、サンダークの部下の写真だ。両方を活用して、ソ連に恩を売りつつ、アメリカと手打ちできるように話を進めていく」

「………やっぱりか。唯依を狙撃したのは………っ、いや」

「私達を気を使わなくていい………薄々は感づいていた。それに、サンダーク少佐ならやるだろう」

クリスカの言葉に、ユウヤは頷けなかった。その間を取り持つように、武が軽く柏手を打った。

「結果を活かそうぜ。唯依は死んでない。証拠は手に入った。そして、これを活用することで、ユウヤ達の目的も達成することができるからな」

「目的………まさか、マーティカ達に関連することか!?」

「そうだ。これをサンダークに敵対する派閥にも渡す。あとはソ連国内で内輪揉めが発生して………失脚まではいかなくても、その力を削ぐことができるって寸法だ」

「………裏に、裏に、か。本当に慎重だな」

「なんせ合衆国サマだぜ? 表向きで喧嘩しかけたら確実に負けるからな。情報活かして、揚げ足取って、相手にも非がある状態で交渉して………こっちが矢面に立たないように調整する他に勝機はない。真正面からなんてもってのほかだ。面子を潰された米国サマが本気になった状況なんて―――冗談でも考えたくは無いし」

最悪はG弾もある相手に力で挑んでも勝ち目はない。だからこそ武としては情報を活かした上でコソコソと隠れ、慎重に事を進めて最低限の目的だけを達成する他なかった。

「それで、開発に関する事なんだけどな………残りの疑問と一緒に、伝えておかなければいけない事があるんだよ」

「ハイネマンの事だな。自身に大きなリスクを背負わせる方法でも、協力を得られたって所が腑に落ちなかったんだが………弱音でも握ったのかよ」

「弱音じゃなくて、弱点………いや、弁慶の泣き所だな。精神的な意味での」

「ハイネマンの弱点、か………家族か、昔の女って所か?」

「後半は惜しいかもなー………まあ、俺が今回動いた理由にもなるんだけど」

「感情的にも助けたかったって事か?」

そういえば、とユウヤは思い出した。武の父親と母・ミラは知り合いだったという。昔の借りがあるから、父親から頼まれたのか、とユウヤは問いかけ。

武はそれも惜しい、と懐に手を伸ばした。

「頼まれたのは違いないけどな。俺にユウヤを助けて欲しいって依頼した人は二人居るんだよ」

「………イワヤエイジって男か?」

「いや………女性だ。ユウヤもよく知っている人だ」

「はあ? 俺は国外に女の知り合いなんて居ねえぞ」

「知り合いじゃない。そうじゃないんだが………いいか、ユウヤ。落ち着けよ。落ち着いて、深呼吸をしろ」

ユウヤは武の言葉になんだよ、と言い返しそうになるが、そのあまりに真剣な表情に圧されると、言うとおりにした。深く息を吸って、吐く。

冷えた空気が肺を満たしていく。その爽快感は、色々と裏の事情を知って汚れたような感覚がある胸の内を浄化していくようで。

ユウヤは深呼吸を10度繰り返すと、真剣な表情を崩していない武を見た。

「これでいいだろ。いい加減に教えてくれよ」

「ああ………それじゃあ、依頼者の“今の”写真を渡すぜ」

「今の? ………いや、分かった」

ユウヤは訝しみつつも、武が差し出した複数枚の写真を手に取った。

「誰だよ………って、日本人じゃないな。技術者か。欧米系統の顔っぽいが………金髪で? ええっと、30歳ぐらいの…………………………………………………………………………………………………………………………」

ユウヤは手に取ったまま硬直した。まるで石像のように動かくなった様子に、クリスカは慌ててユウヤの手を取った。脈は、ある。深呼吸の後だからか、落ち着いている。

だが、手に持った写真を一枚一枚見ていく度に、その脈拍数が劇的に上がっていった。そうしてユウヤは10枚程度があるそれらを、二周も三周も見返した。

クリスカとイーニァと言えば、黙り込んでいた。理由はユウヤから発せられる感情の輝きによるものだ。怒りとも喜びとも取れない強烈な光が、内面に渦巻いている。最後の戦闘の最中に見た時のものに匹敵にしかねないそれに、何が起きたのか、誰が映っているのかと疑問に想い。

やがて、ゆっくりとユウヤの口が開いた。

「………言いたくないんだが、な」

「冗談や悪戯の類だったら殺す、だろ? 俺も逆の立場になったらそうするぜ。その上で言わせてもらうが―――本物だ」

そうして、武は言った。

「大東亜連合所属機であるE-04及び、俺が乗ってきたEx-00。その両方の主開発者であり、写真に映っている女性の名前は―――ミラ・ブリッジス。ユウヤの母親だな」

その言葉に、クリスカとイーニァが驚いてユウヤを見て。ユウヤは、頭を抱え込んだまま掠れた声を出した。

「どういう…………ことだ………どうして………生きて………いや………」

理解と感情が追いつかない。喜びよりも困惑が勝ちすぎて、思考だけではなく視界まで定まらない。混乱の極みにあるユウヤに、武は慎重に言葉を重ねた。

「文字通りだ。今は、大東亜連合に非公式で亡命している」

「………亡命………?」

そこで、ユウヤの思考が僅かに戻った。亡命ということは、アメリカに居られなくなったという事だ。

「………機密、漏洩………いや………それだけじゃ、説明が………」

「ああ。複数の人間が絡んだ複雑な事情があったんだよ」

ユウヤはその話を聞いて、考えた。事情があるとして、接触してくる勢力は。そうして、ふと思いついた。母・ミラが亡くなったと聞かされたのは何年の何日であったのかと。

「………日米の安保条約が破棄された………数日後………」

「ああ。ここからは人づてに聞いた話になるんだけどな………ミラさんは、CIAとDIAに、ブリッジス家と………あとは有力な日系人の家とか、とにかく色々な派閥から接触を受けていたらしい。目的は、当時日本に派兵していた米国の軍と、それらを取り巻く日米の関係をどうにかしたいってことでな」

CIAは日本撤退を見越した上での行動だった。取りようによっては、一方的な条約破棄による撤退と。米国内にとっては醜聞になりかねない事態だ。だからこそ国民の眼を逸らさせるために。日本人男性の武家が、アメリカでも名門であるブリッジス家の女子を―――という形で報道すれば、一部の層から撤退に関して賛同を得られる事になる。世間的なイメージを考えれば、そのような報道が行われた場合、どうしても女性は被害者的な立場になる。

DIAはその逆で、日本との友好を示すための美談として、彼女に協力を求めたという。日本がBETA侵攻を阻止し、持ちこたえた後、国内にハイヴが残された時の事を考えたのだろう。時は第四計画に移った直後である。CIAほど過激ではないDIAは保険として、ミラ・ブリッジスに篁家の男性との間で起きた事を、テレビの前で話してもらうつもりだった。ある程度の時間が経過した後で報道し、日米の友好関係は崩壊してはいないと国民に報せるために。

ブリッジス家としては、ミラが邪魔になっていた。感情的には守りたいが、祖父によるCIAやDIAに対してのミラへの追求阻止の行動は、かなりの痛手となっていた。ブリッジス家と関係がある政治派閥にまで影響する程に。そして、辣腕で知られた祖父は既に亡く。ブリッジス家でも発言力が弱かった次男が、密かにCIAと接触をしていたという。
日系人としては、落ち目だったブリッジス家との繋がりを。最も、政治的なやりとりに関しては拙く、あまり影響の無い派閥であったらしい。

「………それでも。叔父は………お前がミラを殺したんだ、って」

「長男の方、だよな。ユウヤの祖父さんと同じく、妹を愛していたらしい………それでも、弟の行動を咎める訳にもいかなかったから」

その軽率な行動が家の外に漏れれば。あるいは、認めてしまえば、ブリッジス家の信用問題に繋がってしまう。

「だから………俺が全て悪いって。そうして片付けて、ブリッジス家を………?」

「ああ。ユウヤには辛い話になるけど………CIAやDIAは、入隊してたユウヤにも接触………いや、ミラさんに対しての脅迫材料にしようとしてたみたいだ」

ユウヤがダンバー准将と出会う前のこと。何の功績もない、ただの訓練兵であったユウヤなど、上官の意見一つでどうとでも出来ると。

「逃亡されても叶わないって、監禁されてたみたいだな。そこで………どうしようもないって思ったミラさんは、その………自殺しようって思ったらしい」

「な………っ!」

「感情的な事を置いて………いや、言いたくはないな。でも、事実としてそうなんだ。CIAやDIAは、国民の一人を利用しようとして死なせてしまったという負い目を。キリスト教徒は、自殺は禁じられているんだろ? だからこそ………どちらに対しても、無視できない“貸し”になる。ブリッジス家には、そうする事でCIAやDIAへの負い目の払拭を。そして、何よりも………ユウヤや篁家に迷惑がかからなくなる」

「………っ、それは!」

ユウヤは叫びつつも、黙り込んだ。同意はできる。同意はできるのだ。どうしようと、軍人として冷静に考えると分かってしまうのだ。

「確証はないけど、城内省の一部勢力からもそういう方面の動きがあったって………ミラさんは自殺することで、複雑な複数の勢力が絡みつつも、誰もが手を出せなくなる状況を作り上げようとしていた」

渦中にある当の本人が自殺する。その上で更に追求の手を強めようとする事は出来ない。リスクが大幅に高くなるからだ。下手をすれば責任を追求され、洒落にならない事態に陥ることもあり得る。

「………話は分かった。分かりたくはないが、あり得る事だと想像はできる。それでも、お袋が亡命できた理由にはならない」

「それは………帝都の怪人って呼ばれてる諜報員のお陰だな。北米を担当している帝国情報省外務ニ課の課長、鎧衣左近って人がやってくれたんだ」

左近は当時、日本から撤退しようという米国内の動きを探っていた。一方で、大東亜連合の動きが重なったのだ。アルシンハ・シェーカルはいずれ自国だけで戦術機を開発できるよう、そのための人材を探していた。主なターゲットは、米国内における戦術機開発に携わっている技術者の中でも、カナダ―――アサバスカを故郷に持つ人間。核によって故郷を不毛の地にされた人物ならば、と。G弾が投下された後に接触し、裏で亡命させるつもりだった。

左近は武を仲介役にして、アルシンハとも接触していた。その最中に、DIA内で進められているミラに関連する動きを察知したのだ。

察知できたのは、武が左近やアルシンハに米国内の裏事情を伝えていたからでもある。それはいずれも平行世界での別の武が米国内の裏事情を探っていた時に見つけたものだった。

「大東亜連合としては、技術者が欲しい。日本としては、特にCIAのような動きをされると困る。両者の利益が一致したんだろうな」

武はその上で、派手にやらかしてくれたらしいと引き攣った笑いをこぼした。

「当時のCIAの強引すぎるやり口を嫌っていた一部議員や組織。戦術機開発の利益や恩恵にあやかって強硬な姿勢を取るようになった大統領に反発するマフィア………アサバスカ出身の有力者。全部巻き込んだ上で、ミラ・ブリッジスが自殺したと偽装した」

武の説明を聞いたユウヤは当時の事を思い出し、頷いた。確かに母の死を聞かされる二日前にそういった類の事件が多発していたのだと。

「でも、そんな事が可能なのか? いくらその諜報員が優秀でも、限度があるだろ」

「………一説、というか推測になるんだけどな………ブリッジス家の長男の方が、その………協力してくれたらしい。はっきりとした言質は取れなかったけど」

「………そう、か」

そこまで聞いたユウヤは、深く息を吸って、吐いた。何度か繰り返した後、顔を上げて武の眼を見返しながら、言う。

「確かに、色々と納得できる所はある。死体を見せられなかった事にも、説明がつく。だが………ハイネマンは、それを信じたのか」

「E-04を見て即座に看破したらしい。様子がおかしかったって聞いたけど、そのせいかもな。で、割りと弟子が大好きだったハイネマン氏は協力を確約してくれたと」

「色々と聞き逃せない所はあるけど………頷いておく。この眼で見るまでは、絶対に信じないけど」

ユウヤの返答に、武は無理もないと頷いた。逆の立場であれば、即座に納得など出来るはずがないからだ。それでなくてもユーコンからこっち、未来に至るまで複雑極まる状況なのだ。

それでも告げておく必要はあると、弐型の開発の事を話した。

改修案が完成次第、大東亜連合のミラ・ブリッジスに送られ、現地にある日本の工場で生産を改修が進められる。つまりは、ユウヤの案をミラがまとめて、形になるということだ。

「そいつは………本当なら。お袋が生きているんなら………嬉しいな」

「こっちも嬉しいぜ。優秀な機体は何機あっても困らないからな………特に、これからの戦闘では絶対に必要になる」

「………そう、だな。でも、一つ聞いていいか? お袋の事とか、唯依の事に関して………どうして、俺の協力がどうとか、そういう話をする前に伝えなかったんだ?」

母に再会したければ、真実を知りたければ協力しろという脅迫も出来た。本当に協力が必要ならば、そういった手段もあったはずだ。そう告げるユウヤに、武は苦笑しながら答えた。

「そんな手段で協力させても、意味ないからだ………言っとくけど、これから先は今まで以上にシビアだぜ?」

武は言う。オリジナルハイヴを攻略するまでに訪れるであろうあらゆる困難を。

「そんな状況に挑もうってのにな。自分の意志でやり遂げようっていう気持ちが無い奴らはむしろ邪魔になるんだ」

「………言ってくれるぜ。欲しいのは指示通りに動くだけの駒じゃなくて、状況を判断して動ける指し手ってことか」

「ああ。俺が死んでも、続きを引き継げるような奴が欲しかったんだ」

「そう言っても、簡単に死ぬつもりはないんだろ?」

「まあな。そこら辺は………言わなくても分かるだろ?」

クリスカとイーニァを置いて死ぬつもりはないお前と同じだ、と。武は言葉ではなく、笑って霞の頭を撫でることで答えた。

ユウヤも同じく、クリスカに視線を送り、イーニァの頭を撫でた。その手を見るクリスカが些か拗ねたような表情を見せるが、ユウヤは苦笑しながらクリスカの頭を撫でた。

極寒の吹雪の中にあって、それは驚くほどに暖かく、尊い。ユウヤは掌に感じられる温もりが失われなかった事に感謝し、安堵して。

深呼吸をした後、思いの丈を言葉にした。

「俺は………俺の欲しいものを取りに行く。クリスカが、イーニァが得られる筈だったものも、全てだ。遠慮なんかしねえ。誰を利用してもだ」

そのためならば、どんな逆境でも乗り越える。干渉があっても打ち返す。

「―――流されるだけの状況は此処で終わりだ。どんな事があろうと、真正面から反撃して主張してやる。俺の立脚点を護るために」

そうして、決意の言葉を告げたユウヤは、奇妙な縁がある。奇天烈でありながらも笑ってしまうぐらいに見事な救世主に向けて、手を差し出した。


「それじゃあ、改めて―――ユウヤ・ブリッジスだ。世話になるぜ、戦友」

「白銀武だ―――これからもよろしく頼むぜ、戦友」


両者ともに、死出の旅路に等しい未来を認識しながらも、軽い調子で笑う。

間もなくして暖炉の火に照らされ廃屋の壁に映っている二人の男の両手の影が重なり、互いの手の握りを確かめ合うように三度だけ上下した。



























「それじゃあ吹雪も収まった事だし、カムチャツカに急いでゴーだ。笑顔のラトロワ中佐が待ってるぜ」


「―――てめえあと何枚隠し札があるんだよっっっ!?」













yun_3260.jpg













あとがき

ミラに関連することは、原作における以下の材料から作り上げました。

・彼女が亡くなる数日前、米国は日本との安全保障条約を破棄した。

・当時、ミラに複数の勢力が接触していた。ミラはその上で、どの勢力も損をした上で手を出せない状況を創りだした。
 (恐らくそのせいで死んだ)

・ウェラーはユウヤに対し、ミラの事に関して嘘をついた。
 (ユウヤに対し、「当時の国防担当?が自分なら利用しただろう」と言った
  でも、実際はウェラーが担当していた案件だった)

ある意味でこじつけに近いかもしれませんが………以上です。

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